その胸部症状の原因かもしれないINOCAって何??
近年循環器領域においてINOCAという概念が注目されています。INOCA (Ischemia with Non-Obstructive Coronary Arteries)は、「非閉塞性冠動脈疾患を伴う虚血」を意味する病態で、心血管疾患の一種です。これまで、胸部圧迫感や息切れなどの症状に悩まされているにも関わらず、検査を行っても冠動脈に明らかな狭窄や閉塞を認めず、正常と判断されてしまうことありました。
しかし従来の冠動脈造影検査 (CAG)で正常であっても、心臓の血流障害を認めていることが近年次第に明らかとなり、日本循環器学会のガイドラインにおいても、2023年にINOCAに関する内容が初めて記載されました。
INOCAの疫学と予後について
INOCAは特に女性に多く見られ、閉経後のホルモン変化や微小血管の感受性の違いが関係していることが指摘されています。また、見逃されやすいため、実際の有病率は従来の冠動脈疾患よりも高い可能性があります。予後は原因や治療への反応性によって異なりますが、微小血管障害や攣縮がコントロールされない場合、心血管イベント (心筋梗塞や心不全)のリスクが上昇することが報告されています。
INOCAの病態メカニズム
狭心症のうち、安定狭心症は慢性冠症候群 (CCS)とも呼ばれます。大きく3つの原因があり、これらの因子がそれぞれ単独、もしくは併発することにより狭心症状を引き起こします。
- 器質的冠動脈疾患:労作性狭心症など、動脈硬化に伴う心外膜血管の狭窄・閉塞
- 機能的冠動脈疾患:冠攣縮性狭心症 (VSA)
- 冠微小血管障害 (CMD):500μm以下の微小血管における器質的・機能的異常
狭心症を有する患者さんは、まず心外膜血管(いわゆる冠動脈)を評価し、原因精査目的に冠動脈造影検査 (CAG)を行います。しかしながら、冠動脈造影だけでは、我々が目視で評価できる血管のみに限定されてしまい、冠微小血管障害 (CMD)が見逃されてしまいます。
冠動脈造影検査 (CAG)
心外膜血管と冠微小循環
INOCAの原因は多岐にわたり、以下のような要素が関与していると考えられています。
- 冠動脈微小血管障害(Coronary Microvascular Dysfunction, CMD)
心臓の微小血管(直径100~200μm程度の細小動脈や毛細血管)の機能異常が原因で、血流調節がうまくいかず虚血が起こります。血管内皮機能の障害や平滑筋の異常応答が関与することが多いです。
- 冠動脈攣縮(Coronary Artery Spasm)
一時的に冠動脈が収縮(攣縮)することで血流が制限され、虚血を引き起こします。血管平滑筋の過剰反応や自律神経の異常が関与しています。
- 内皮機能不全(Endothelial Dysfunction)
血管内皮細胞が正常に機能せず、一酸化窒素(NO)の産生が減少することで血管拡張が不十分になります。これにより血流が制限され、虚血が発生します。
- その他の要因
血栓形成傾向の亢進や炎症反応、酸化ストレスの増加などが関与します。
INOCAの症状
INOCAの典型的な症状は、胸痛 (狭心症様症状)で、特に労作時やストレス時に現れることが多いです。しかし、非典型的な症状 (安静時胸痛、息切れ、疲労感)なども見られるため、診断が難しい場合があります。症状があっても冠動脈造影で大きな狭窄が見られないため、見逃されやすい病態でもあります。
INOCAの診断
INOCAの診断には以下のような方法が用いられます。
- 冠動脈造影(Coronary Angiography; CAG)
可視的に評価可能な冠動脈に50%以上の狭窄がないことを確認。
- 冠動脈収縮反応評価
アセチルコリンやエルゴノビンを使用して冠動脈攣縮の有無を評価。
冠攣縮誘発試験 (左:薬剤投与時、右:ニトロ投与後)
- 微小循環評価
冠動脈血流予備能(CFR: Coronary Flow Reserve)測定し、微小血管の機能を評価。
微小循環評価
- 心筋灌流イメージング
PETやMRIを用いて心筋虚血の存在を確認。
INOCA症例において従来の血管造影検査に加え、冠攣縮誘発試験、冠動脈微小血管障害(CMD)診断を包括的に実施することで、狭心症スコアが27%改善されたというデータが報告されました (CorMicA試験)。この結果をもとに欧州におけるINOCAの診断フローとして、包括的な機能評価が推奨されています。従来の血管造影検査に加え、冠攣縮誘発試験、CMD診断を包括的に実施することで、INOCAを層別化します。それに応じた管理によって、患者さんのQOL改善が期待されます。
INOCAの治療
INOCAの治療は原因に応じて異なりますが、主に以下のようなアプローチが取られます。
① 生活習慣の改善
-禁煙、適度な運動、ストレス管理、食事療法を心がけることが第一です。
② 基礎疾患の管理
- 糖尿病、高血圧、脂質異常症などのコントロールも重要です。
③ 薬物療法
INOCAの治療には以下のような薬剤を用います。
- カルシウム拮抗薬 (CCB)や硝酸薬 (冠攣縮予防)。
- ベータ遮断薬 (BB)やACE阻害薬/ARB(微小血管障害や血圧管理目的)。
- スタチン(内皮機能改善や抗炎症作用に期待)。
まとめ
INOCAは、冠動脈の明らかな狭窄がないにもかかわらず虚血が生じる複雑な病態で、微小血管障害や冠動脈攣縮、内皮機能不全などが主な原因です。診断には入院でのカテーテル検査が必要で、治療は個々の病態に応じたアプローチが求められます。かつてシンドロームXや心臓神経症と診断されることがありましたが、その大部分はINOCAが原因であったのかもしれません。この病態は近年注目されており、研究が進むことでさらなる理解と治療法の向上が期待されています。何か気になる症状がありましたら、当院までご相談ください。