心臓の状態をどうやって知る? 〜心臓ストレス指標 (BNP / NT-proBNP)の臨床的な役割〜
心臓は、私たちが生きていくために欠かせない臓器です。人間の心臓は1日に約10万回も拍動し、全身に血液を送り届けています。しかし、何らかの原因で心臓の働きが弱ったり、過度な負担がかかったりすると、そのポンプ機能に大きな影響が出ます。「塵も積もれば山となる」ということわざの通り、負担が積み重なると、やがて心不全を引き起こすリスクが高まります。そのため、心臓の異常を早期に発見することは、循環器内科医にとって非常に重要な役割です。
では、日常の診療で心臓の状態をどのように評価すればよいのでしょうか?
BNPとNT-proBNP:心臓のストレスを映す心不全のマーカー
心臓の状態を調べる最も簡単で有効な方法の一つが、血液中のBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)とNT-proBNPの濃度を測定する検査です。これらは心臓がストレスを受けたときに血液中で増加するホルモン関連物質で、心不全の診断や管理に非常に役立つマーカーとして知られています。2025年に改定された心不全のガイドラインでも、これらのマーカーの重要性がさらに強調されています。
BNPとは?
BNPは、心臓の心室(心臓の下部にある血液を送り出す部屋)の筋肉細胞で作られるホルモンです。心室の壁に機械的なストレスがかかると分泌されます。
構造:32個のアミノ酸からなるペプチドで、活性型のホルモンとして働きます。
主な役割:
ナトリウムと水の排泄を促し、むくみを抑える(利尿作用)。
血管の平滑筋を緩めて血管の抵抗を減らし、血流をスムーズにする。
レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)を抑え、血圧を下げる。
半減期:約20分と短く、体内で素早く分解されます。
NT-proBNPとは?
NT-proBNPは、BNPが作られる過程で同時に生じる物質です。まず、心臓で不活性な前駆体(proBNP)が作られ、これが酵素によってBNPとNT-proBNPに分けられます。NT-proBNPはホルモンとしての活性はありませんが、心臓のストレスを反映するマーカーとして利用されます。
構造:76個のアミノ酸からなるペプチドで、生物学的な活性はありません。
主な役割:BNPと同時に分泌されるため、心室のストレスを間接的に示す指標として使われます。
半減期:約60~120分と、BNPより長く体内に留まります。
なぜBNPとNT-proBNPが重要なのか?
BNPとNT-proBNPは、心臓がどれだけストレスを受けているかを敏感に反映します。これらの値が高い場合、心不全の可能性やその重症度を示す手がかりとなります。また、治療の効果を評価したり、患者さんの状態を長期的に管理したりする際にも役立ちます。簡便で信頼性の高い検査であるため、広く活用されています。
BNPとNT-proBNPの臨床的な役割
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)とNT-proBNPは、心臓のストレスを反映する重要な血液マーカーです。これらは主に以下の目的にて活用されています。
2025年 心不全ガイドラインより
- 心不全の診断
診断の目安(カットオフ値):急性と慢性心不全で異なります。
- BNP:100 pg/mL以上 (急性期は幅が大きく、> 100で疑いますが >400の高値が多いです)
- NT-proBNP:400 pg/mL以上 (下記を参照ください、慢性では <1000を目標にします)
解釈:
- 高い値:心不全の可能性を強く示します。
- 低い値:心不全の可能性をほぼ除外できます。
NT-proBNPの特徴:年齢によって急性期の基準値が異なります。
- 50歳未満:450 pg/mL
- 50~75歳:900 pg/mL
- 75歳以上:1800 pg/mL
- それに対して、BNPは年齢の影響をあまり受けません。
その他の影響:
- 性別:女性はエストロゲンや筋肉量の影響で、値がやや高めになる傾向があります。
- 体格:肥満(BMIが高い)の方では、値が低めに出る傾向があります。
▼急性心不全
急に息苦しさ(呼吸困難)を訴える患者さんにおいて、原因が心不全によるものかどうかを判断する際に、BNPとNT-proBNPの測定が非常に役立ちます。
▼慢性心不全
症状が安定している慢性心不全の患者さんでも、BNPやNT-proBNPの値は心不全の重症度や今後の見通し(予後)を評価するのに役立ちます。
- 予後の評価
高い値:BNPやNT-proBNPが高い場合、死亡リスクや再入院のリスクが高いことを示します。
値の変化:治療後にこれらの値が下がると、治療が効果を上げており、予後が改善している可能性があります。そのため、定期的に測定して状態を把握することが重要です。
心不全増悪時の胸部レントゲン写真 (右)
BNP/NT-proBNPの値に影響を与える要因
BNPとNT-proBNPは、心室の壁にストレスがかかると上昇しますが、以下のようなさまざまな要因で値が変動します。
(1) 生理的な要因
- 年齢:加齢とともに値が高くなる傾向があります(特にNT-proBNP)。
- 性別:女性の方がやや高めに出やすい。
- 体格:肥満の方では値が低めになる傾向があります。
(2) 病気に関連する要因 (赤字は実臨床で頻度の高い疾患)
▼心臓に関連する疾患:心房細動、心筋梗塞、弁膜症、心筋症、心筋炎など
▼心臓以外の疾患:
- 慢性腎臓病:
・NT-proBNPは、腎機能が低下(eGFRが低い)すると大きく上昇します。
・BNPは腎機能の影響を比較的受けにくいです。
- 肺疾患:肺塞栓症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺炎など
- 内分泌疾患:甲状腺機能亢進症、クッシング症候群(コルチゾール過多)など
- 敗血症や感染症:全身の炎症やサイトカインの影響で上昇
- 肝硬変:体液がたまり心臓に負担がかかることで上昇
- 貧血:酸素不足や心臓への負担増加で上昇
数値の解釈と注意点
BNPやNT-proBNPの値は、上記のような要因で変動するため、単純に「高い=心不全」と判断するのは難しい場合があります。例えば、透析患者さんで、貧血を伴う急性心不全であれば、NT-proBNPは10万を超えます。併存疾患に応じて経験的に想定される範囲がありますが、数値が高い原因をきちんと評価することが、心不全の悪化を防ぐために非常に重要です。
当院での診療での活用
定期的な測定:
- 心臓疾患がある方は、3ヶ月~1年ごとに測定します。
- 心不全の兆候がある方や、心不全のリスクが高い方(高血圧、糖尿病など)も測定の対象です。
クリニックでの検査:
多くのクリニックでは、検査を外注します。NT-proBNPは半減期が長く、測定の信頼性が高いため、よく使われます。腎機能の影響を受けやすいものの、基幹病院でも広く使用されており、BNPと同等の有効な指標です。
- 値が高い場合の対応:
胸部レントゲン、心電図、心臓超音波検査(心エコー)で原因を詳しく調べます。
さらに詳しい検査が必要な場合は、専門の基幹病院に紹介し、精査を行います。
心不全治療と予防の重要性
BNPやNT-proBNPの値から原因を突き止めることは、心不全の治療において欠かせません。近年、薬物治療の選択肢は大きく広がっており、患者さん一人ひとりの状態に応じた最適な薬を選ぶことが、循環器内科医の重要な役割です。
2025年の心不全ガイドラインより
さらに、2025年の心不全ガイドライン改定では、「症状が出る前の予防」が特に強調されています。心不全の進行は以下のステージで考えられます:
- ステージA・B:心不全のリスクはあるが症状がない段階
- ステージC・D:心不全の症状が現れる段階
ステージA・Bの段階で適切な予防を行うことで、症状の出現(ステージC・D)を防ぎ、健康寿命を延ばすことができます。
BNPとNT-proBNPは、心臓の状態を把握するための有用なマーカーです。心不全の早期発見や治療効果の確認、さらには予防に役立ちます。心臓の健康が気になる方や、リスク因子(高血圧、糖尿病など)をお持ちの方は、お気軽に当院へご相談ください。不安を解消し、日々の安心をサポートします!