無症状の高血圧が命を縮める前に ~最新ガイドラインと降圧意義を再考する~
先日、尊敬する山下武志先生のウェブ講演会 (高血圧症)を拝聴しました。毎度のことながら我々の疑問に的確に答えてくれる素晴らしい講演でした。その内容を踏まえ、本日は高血圧治療に関するお話をしたいと思います。
「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」の改訂にて高血圧の診断基準は、従来通り「140/90mmHg以上」(診察室血圧)と据え置かれています。また家庭で測る家庭血圧では、「135/85mmHg以上」が高血圧とされています。(詳細につきましてはこちらをご参照ください)
JSH2025では原則として年齢によらず降圧目標を、「130/80mmHg未満」(診察室血圧)、「125/75mmHg未満」(家庭血圧)としています。極めてシンプルで、このような指標は我々医療従事者にも患者さんにとっても大きなメリットです。
しかしながら医師から「降圧すれば脳卒中や心筋梗塞などの心血管イベントを減らせます」あるいは「血圧は130/80mmHg未満を目指しましょう」と言われても患者さんには必ずしもピンとくるものではないですし、何より自覚症状がないので理解してもらうのはなかなか難しいものです。
以前ブログでも書いたのですが、私自身これまで降圧管理に対し少なからず懐疑的な気持ちがありました。そのため私自身、もう一度高血圧の治療の意義について再考、やはり降圧管理は重要だと再認識しました💦
ここで一つ、分かりやすい例をお示ししたいと思います。スウェーデンのデータになりますが、下記の図をご覧ください。2000年から2020年までの間の70歳以上の虚血性脳卒中の罹患者数の変化を見ています。現在に近づくにつれて人口あたりの罹患者数は減少していますが、初めの10年は「血圧に関する行動変容」が大きく影響しています。さらに2010年代にはDOACの登場もあり、「抗凝固療法に関する行動変容」がありました。このようにその疾患のリスク因子に対し行動を起こしていくと罹患者数が減少することが期待できるのです。生活習慣病の多くが無症状であり、ひとたび症状が出現した時には手遅れです。
ここからは降圧治療に関するポイントを順にお示しします。少し難しい内容も含みますが、ぜひお付き合いください!
血圧が下がると死亡率のほか、さまざまなリスクが低下する
図のようにリスク比の中心に対し降圧すると全ての事象 (全死亡、心血管死、複合心血管イベント、脳卒中)に対しリスク減少が得られています。さらに有害事象 (降圧することでの問題)はリスク比が1.0に位置しており、降圧での弊害は問題にならないことを示唆しています。
日本国民の血圧が低下するにつれて虚血性脳卒中の患者数が低下する 1960年代から2010年代までの日本国民の血圧の推移を見ますと、現在に近づくにつれて男女ともに血圧の低下が見られます。一方、久山町研究の結果から日本人の虚血性脳卒中は時代と共に減少していることが示されています。一元的に全てを説明することは難しいですが、血圧が低下することで脳卒中などの重篤な疾患を抑制し、健康寿命を伸ばすことが期待できます。
若ければ若いほど降圧の恩恵が得られる
下の図は、40〜64歳、65〜74歳、75〜89歳の3グループに分けて血圧 <120/80mmHgを基準として各血圧群の循環器疾患死亡リスクを見ています。40〜64歳では血圧が上がるにつれて、そのリスクが右肩上がりです。それに対し65〜74歳、75〜89歳では、年齢が上がるごとに高血圧によるリスク上昇は緩徐となります。
目標の血圧コントロールを達成できている人は4割に満たない
下の図は、厚生労働省が公表した令和元年の日本人の血圧管理状況を示したものです。収縮期血圧の目標値は<130mmHgですが、達成率は65〜74歳で38%、75歳以上で34%と4割に満たないのが現状です。
診察室血圧と家庭血圧、大事なのはどっち?
JSH2025では家庭血圧の重要性が強調されています。下の図は血圧が10mmHg上昇した際の心血管イベントと全死亡のハザード比を示しています。診察室の血圧ではそれぞれ1.11/1.05であるのに対し、家庭血圧は1.23/1.11とより鋭敏にそのリスクの上昇を示しています。つまり、同じ血圧の上昇でも、診察室血圧だけでは本当のリスクを過小評価してしまう可能性が高いです。よって家庭血圧を重視するべきだと言えます。
家庭血圧の何%が130/80mmHg未満であれば良い?
厳格な血圧コントロールは大切なことは理解できますが、現実にはなかなか難しいものです。それではどのくらいの割合で出来れば良いでしょうか?死亡率と心血管イベントリスクを目的に考えると60%の達成が目標となります。これはとても現実的な数値です。もちろん平均値が130/80mmHgであればコントロール達成と判断されます。
血圧は四季を通して変動する
日本は1年を通して気温が変化します。下記の図は気温と収縮期血圧の変化を示したものです。10℃の低下で収縮期血圧は5.7mmHg上昇します。それゆえに夏と冬では10mmHg以上の違いがあって何らおかしくないのです。その変化に合わせて夏と冬場で降圧剤の調整を行うことが必要となります。
なぜ循環器内科医が血圧管理を重要視するのか?
高血圧症はさまざまな疾患を引き起こしますが、私たち循環器医の目の前にある大きな課題として心不全パンデミックがあります。高齢化とともに年々増加傾向にあり、今後もしばらくは減少の兆しはありません。医学の進歩と共に脳卒中や心筋梗塞は減少しても、寿命が延びれば他の疾患が増えていきます。
心不全の原因の9割が高血圧症です。下の図は収縮期血圧と心不全発症リスクの関係をみたものになります。血圧が低いほど発症リスクが下がりますが、やはりその目標は130mmHg未満となります。140mmHgで50%、160mmHgとなると110%リスクが増加しますので、心不全の発症予防に降圧管理がどれだけ重要かが分かるかと思います。
高齢者の血圧管理の目標は?
JSH2025では原則として年齢によらず降圧目標を、「130/80mmHg未満」(診察室血圧)、「125/75mmHg未満」(家庭血圧)としています。ただし高齢者の場合には、ADL (生活自立度)に応じて降圧目標を分けています。介助が必要あるいは外来通院が困難となった患者さんでは降圧目標を緩めます。
日々真剣に実臨床に取り組んでいるつもりですが、ふと自分の行っている医療に疑問を抱くことがあります。私の医療は、果たして患者さんのためになっているのか?仕事に前のめりになるとそんな当たり前のことをつい忘れかけてしまいます。「自分自身が受けたいと思える医療を提供する」、そのモットーを胸に刻み込んで日々の診療に生かしていきたいと思います。
高血圧でお悩みの方がいらっしゃいましたら当院までお気軽にご連絡ください!
