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2025年3月の1枚です (Bob Dylan)

[2025.03.08]

Bob Dylan

Street Legal (1978)

 

先日ボブ・ディランの映画『名もなき者 (Complete Unknown)』を観てきました。(クリニック前の映画館で上映されているのが嬉しい!) 1962年から始まり、ディランがエレクトリックギターに持ち替えるまで激動の5年間が描かれています。映画は、簡潔に言えば新旧リベラルの摩擦の話です。ディランは、フォークがもつ反体制的な姿勢と文学性をロックに輸出しつつ、フラワームーブメントなど次世代のリベラル的価値観へと繋がっていく橋渡しとして大きく寄与しました。

 

 

ディランを演じるティモシー・シャメラが本当に素晴らしいです!

 

これは遡ること60年前の話。この手の伝記は、総じて死後に作られるものですが、ディランの場合は違いました。彼は存命で、今日も世界のどこかでネバーエンディングツアーを続けています。

 

もしディランがこの映画を観たら、果たしてどのように感じ取るでしょうか?嘘で塗り固められたような謎の男 (まさにComplete Unknown!)ですから、これからも真実が語られることはないでしょう。まさに答えは風の中です。ノーベル文学賞をとってもまるで他人事、最低限の礼儀を示したのみで、授賞式にも現れませんでした。何かの枠に当てはめられたくない。音楽の才能一本で移ろってきたボブ・ディラン。彼にとって富や名声は重要なものではないのでしょう。

 

流れを汲めば「Highway 61 Revisited」や「Blonde on Blonde」でしょうが、本日は1978年に発表された「Street Legal」を取り上げたいと思います。是非ともお付き合いください。

 

当時のBob Dylan

 

「Street Legal」(1978)は、彼のキャリアにおいて過小評価されがちですが、驚くほど豊かなテクスチャと感情の深みを持つアルバムです。この作品は、ディランのディスコグラフィーの中で、分裂と再生の時期に位置付けられます。70年代後半、彼は「Blood on the Tracks」や「Desire」といった傑作で絶賛を浴びた後、私生活の混乱 (特に離婚)と新たな音楽的探求の狭間で揺れ動いていました。その結果、「Street Legal」は荒々しくも洗練されたサウンドスケープと、内省的でありながら劇的な歌詞で彩られています。

 

「Street Legal」の音楽的魅力は、その異端性にあります。ディランは作品内で、ゴスペルやR&Bの要素を大胆に取り入れ、サックスやバックコーラスを前面に押し出しました。これは、当時の主流であるパンクやディスコとは一線を画す選択でしたが、同時に「古臭い」と批判されるリスクも孕んでいました。まるでBruce Springsteenのようだと揶揄されることもありました。しかし、「Changing of the Guards」や「Señor (Tales of Yankee Power)」のような楽曲では、重層的なプロダクションがディランの詩的なヴィジョンを増幅し、まるで黙示録的な物語を紡ぐ吟遊詩人のように響きます。特に「Señor」の不穏なトーンと神秘性は、ディランの後期作品における宗教的テーマの萌芽を感じさせ、彼の精神的な葛藤を映し出す鏡のように映ります。一方で、「Is Your Love in Vain?」では、心の内面の脆弱さとシニシズムが交錯し、彼の人間関係の複雑さが垣間見えます。

 

 

哀愁と愛しさを感じるジャケット

 

ハイライトは「Where Are You Tonight? (Journey Through Dark Heat)」です。アルバムの締めくくりとして、かつての「Like A Rolling Stone」のような曲調で感情を剥き出しにします。失われた愛への執着と孤独が、熱狂的なサウンドと絡み合います。歌詞は旅と喪失のイメージで溢れ、「暗い熱の中の旅」がディランの精神的彷徨を象徴する名曲です。

 

「Street Legal」はディランの脆さと頑固さの両方を露呈しています。アルバム制作時、彼は離婚訴訟の渦中にあり、「New Pony」や「No Time to Think」には、怒りと疲弊が滲みます。それでも、彼は音楽を通じて自己を再構築しようと葛藤します。その姿勢は、『名もなき者』で描かれるディランの若き日の反骨精神と重なる部分がありますが、「Street Legal」のディランはより成熟し、傷を負った戦士のようです。

 

USオリジナル プロモ盤

 

ディランは決して聴衆に媚びません。むしろ、聴き手を挑発し、自身の音楽に対する誠実な姿勢を突きつけます。このアルバムの粗削りな魅力は、ディランの人間性そのものです。彼の多面性を映し出す鏡とも言えます。完璧でないがゆえに極めて人間的で、「矛盾に満ちた詩人の魂」に根ざしています。いつでも心に響くアルバムではないかもしれませんが、長くて短い人生に必携の愛聴盤です。

 

ところでアルバムタイトルの「Street Legal」ってどういう意味でしょう?ディランは語りませんので、真相は分かりませんが、「表面的にはルールに従うが、内実は自由や反抗心を失っていない」という皮肉が込められている気がします。アルバムのテーマでもある放浪や自己探究ともリンクしているようにも思います。全てを聴き手に委ねるので、解釈は人それぞれです。

 

それにしても、この頃のディランの声ってバイキンマンみたいじゃないですか?私はこのしゃがれ感が大好きで、病みつきになります。(笑)

 

映画の上映時間は140分に及びますが、あっという間にエンディングを迎えます。文字通り釘付けにされます。是非「Street Legal」とともに映画をお楽しみください!

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