Oasis『Definitely Maybe』(1994)
いよいよ再結成ライブ「Oasis Live '25」東京公演が近づいてきました。いよいよ日本中のオアシスファンが待ち侘びた瞬間です。
オアシスは、私にとって特別な存在です。中学2年生でその魅力に取り憑かれ、30年近く人生の中心に居続けています。音楽評論家の粉川しのさんと同じく、音楽の聴き方を「オアシスとそれ以外」で分けてしまうほど、彼らの存在は大きいです。数々の傑作を生み出したディスコグラフィの中でも、デビューアルバム『Definitely Maybe』は、セカンドアルバム『(What's the Story) Morning Glory?』と並び、90年代の英国音楽シーンを定義したブリットポップの金字塔として確固たる地位を確立しています。
今回は、私のNo.1アルバム『Definitely Maybe』について書きたいと思います。少し長くなりますが、ぜひお付き合いください。
USツアー時のサイン入りCDジャケット
オアシスは1991年、マンチェスターで弟リアム・ギャラガーを中心に結成されました。後に兄ノエルがソングライターとして加入し、本格的な活動がスタート。地元のクラブやパブでのライブを重ね、1993年、クリエーションレコードの創設者アラン・マッギーを魅了し、契約を獲得。レーベルメイトにはマイ・ブラディ・バレンタイン (マイブラ)、プライマル・スクリーム、ライド、ティーンエイジ・ファンクラブ、スローダイブといった錚々たる面々が名を連ねていました。
『Definitely Maybe』は、しばしば「音が悪い」と揶揄されることがあります。私も一時期そう感じたことがありましたが、誤解でした。彼らが目指したのは、過剰にクリーンな音ではなく、ライブのような「生々しさ」と「勢い」を閉じ込めたサウンドです。レコーディングは難航しましたが、ジョニー・マーの紹介で出会ったオーウェン・モリスがミキシングを担当し、ノエルの求める「壁のような」分厚いギターサウンドを実現しました。
アウトテイクがそれを示しています。2024年に公開されたMorrow ValleyとSawmills Studiosでのアウトテイクは素晴らしい音源で、驚くほどクリーンで明快な音でした。それに満足しなかったノエルはレコーディングを繰り返し、自身の納得いく音を目指しました。そして、オーウェンとの出会いがこの音へと導きました。ライブのような極めて高い鮮度と勢いがそのままパッキングされ、強烈なまでにリアリティを発揮しています。ギターとボーカルを強調し、迫力のあるサウンドを作り上げられたこの「ラウドネス」が、アルバムを象徴する「壁の音(Wall of Sound)」を生み出しています。アナログ盤を爆音で鳴らせば、まるでライブ会場にいるかのような臨場感を味わえます。
UKオリジナルテスト盤 (Sad Song未収録の11曲盤があることも確認)
デビュー前の時点でほぼ完璧に近い形で青写真を描けていたのですから、驚きを隠せません。「Rock ‘n’ Roll Star」のアウトテイクは荒削りながらも、すでに完成しています。パンク、シューゲイザー、グラムロックの力を借りながら本気でロックンロールを鳴らしたアルバム。そして轟音のウォールオブサウンド。リアムの声はジョン・レノンのような甘さとジョニー・ロットンのような酸っぱさを兼ね備えています。ビートルズを敬愛する彼らですが、サウンド面ではよっぽどシューゲイザーやパンクからの影響が大きいです。
オアシスはこのファーストアルバムで90年代のUKロックを見事なまでに定義づけました。ブラー、スウェードやパルプといったロンドン近郊出身のインテリロックとは趣きが全く異なります。彼らの音楽には生き様がそのまま現れています。労働者階級の若者たちにとって、オアシスの音楽は希望と反骨精神の象徴でした。アルバムの「何でもできる」というメッセージは、当時の若者に強く共感され、バンドの「ロックスター然とした態度」は、後に多くのバンドが憧れるスタイルとなりました。
ギャラガー兄弟はManchester Cityの熱狂的サポーター!
このアルバムの何がすごいのか、一言で表すなら曲のクオリティです。ここに収められた11曲 (レコードでは12曲)はそれぞれが異なった魅力を放ちます。即興で作られたとは考えられないデビュー曲「Supersonic」は、出だしのシンプルなリフに惹きつけられます。歌詞に深みを持たせないオアシスですが、一節目の「I need to be myself, I can’t be no one else」という歌詞が心に刺さります。「Cigarettes & Alcohol」はロックンロールのライフスタイルを賛美するアンセムで、オアシスファンに根強い人気を誇る中毒性の高いナンバーです。T. Rexの「Get It On」のリフそのままで呆れます。労働者階級の享楽主義を謳い、ライブでは皆が飛び跳ねながら歌い上げます。
アルバムの冒頭を飾る「Rock ‘n’ Roll Star」は、労働者階級の日常からの逃避とロックスターへの憧れを歌ったアンセムです。ノエルの分厚いギターリフとリアムの挑発的なボーカルが炸裂、「今夜俺はロックンロールスターだ」と高々と宣言しました。デビューよりはるか前の91年にマンチェスターのボードウォークでのライブは、今や鉄板ネタです。40人にも満たないハコで「今夜俺はロックンロールスターだ」と歌いますが、観客から「そりゃそうだろ、なにしろクソ火曜日の夜のど前座だもんな」と失笑されました。それはごもっともですが、ノエルの捉え方は違いました。「でもあのギグから、何かが変わったんだよ。俺たちは世界最高のバンドだってことがわかったんだ」と。それからしばらくしてその言葉は実現のものとなり、今ではスタジアム全体が一体となり大合唱となります。恐るべし、ノエルの自信。笑
Burnageにあるギャラガー兄弟の実家
「Slide Away」は、アルバム随一ロックバラードです。ノエルの流れるようなギターリフとリアムの感情的なボーカルが絶妙に溶け合います。ライブでは曲のクライマックスで二人が「Take Me Down」と掛け合い、リアムの「What For !」で締めくくります。高校生や大学生の頃に大量の海賊版を聴き漁りましたが、やはり公式音源ともなったKnebworthでの演奏が素晴らしいと思います。しかし2025年の再結成ツアーはそれに匹敵します。リアムの力強いボーカルとノエルの完璧なハモリは彼らの兄弟愛を感じずにはいられません。復活を遂げた「What For !」は涙なしには聴けません。
そしてこのアルバムを象徴するのが「Live Forever」です。彼らの代表曲であり、希望と不屈の精神を歌った不朽の名曲です。イントロでのトニーのドラムフィルインが特徴的で、美しいギターリフとノエルのメロディセンスが曲を彩ります。リアムの声は荒々しくも繊細さを兼ね備え、特に本曲では感情的なニュアンスが宿っています。ノエルは創作動機について、「カートコバーンが死について歌うなら、俺は生きることについて歌う」と述べています。この絶対的な肯定感こそが、ブリットポップの枠を超えて、後世までに聴き継がれている所以でしょう。余談ですが、ライブで「We see things that they’ll never see → Take two sugars in my tea」と歌詞を変えて歌うリアムが好きです。スラッシュばりの超絶長かったギターソロは大幅に短縮され、最高にカッコ良い曲に仕上がっています。オーウェンは本当に良い仕事をやってのけました。
ジャケット写真の撮影場所となったボーンヘッド (Bass)のフラット
個人的には「Columbia」が大好きです。単調なリズムと重厚なギターループが特徴的なサイケデリックソングで、非常に中毒性が高いです。シューゲイザーそのもので、蒸気機関車のようなギターノイズの中で歌うリアムの声 (ファルセットも最高!)は、もはやお経にしか聞こえません。笑
B面最後に収録された「Sad Song」も魅力溢れるナンバーです。ノエルの優しい声とアコースティックギターの弾き語りスタイルは、初期オアシスの特徴の一つです。ビートルズやキンクスといった60年代のブリティッシュロックに影響を受けた、シンプルかつキャッチーなメロディが魅力です。「Take Me Away」や「D’Yer Wanna Be A Spaceman?」といい、リアムの歌うロック曲とは対照的に、ソングライティングの繊細さやメロディメーカーとしての才能を際立たせる重要な要素を示しています。
94年インストアライブ時のサイン (Virgin Megastore)
日本のロックバンド「くるり」の岸田繁は、オアシスについてこう評しています。
「轟音ギター」とか「大仰なサウンド」と揶揄される彼らだが、最初の最初から、彼らの音楽はベートーベンやマーラーのようなシンフォニーであった。「ギターは小さなオーケストラ」とはジミー・ペイジの言葉だが、ノエルはシンプルかつスコティッシュトラッド的なフォークロックスタイルで、ニール・ヤングとは異なるオリジナリティを確立。印象的にはベートーベンのような「歌えるシンフォニー」、つまり「本当の大衆の音楽」を作り上げた偉大なロックバンドだ。
この表現は、オアシスの本質を鋭く捉えています。こんな視点を持つ音楽家は、世界中を探しても岸田さん以外にいないでしょう。
2014年9月、幸運にもロンドンのメトロポリススタジオを訪れる機会がありました。そこはこのアルバムの20周年盤のリマスタリング作業が行われた場所です。その数週間前には、ノエルがイアン・クーパーと作業を行っていました。室内に置かれていた機材に触れ、その時その場にいたのだと思うととても感慨深かったです。
オーウェンもサウンドチェックに関与していたことが確認できる手紙 (2014年のテスト盤に付属)
スタジオに勤める同世代のエンジニアにオアシスのファンであることを告げると、奥の倉庫に行って、テープを持ち出してきてくれました。何と「Live Forever」のマスターテープではありませんか。レコード会社に返却する前で、まだスタジオに保管されていたのです。この時ばかりは本当に震えました。(リアムとノエルに出会った時以上かもしれません笑) 私の人生を変えた1曲です。それまで何千回と聴いてきた曲のマスターが目の前にあるのです。言葉になりません。あれから10年以上が経ちますが、まるで夢のようなひと時でした。マスターテープに触れた一般人は、後にも先にも私だけでしょう。本当に奇跡でした。
「Live Forever」のマスターテープに大興奮!
最後に、ノエルらしいエピソードがあります。「ポールマッカートニーから直接聞いたところでは、「Slide Away」と「Whatever」そして「Live Forever」がお気に入りだと。あの晩もしタクシーにはねられても、俺は世界一幸せな男として死ねただろうな」と。敬愛するビートルからの賛辞ですから、よほど嬉しかったのでしょう。あれから30年以上が経ち、この度ポールはオアシスの再結成ライブをロサンゼルスで観ています。それを知ったノエルは果たして何を思ったか。考えるだけで胸が熱くなります。
それにしてもこのアルバムのライブ感は一体何なのでしょう。ノエルのソングライティングは文字通り神がかっており、全ての音が一体となって押し寄せてきます。初期のリアムの声はまるで天使のように透き通っており、曲をさらなる高みへと押し上げています。二人の才能が結集し、恐ろしい程のエクスタシーと幸福感が味わえます。この兄弟が同じバンドにいたことは奇跡としか言いようがありません。
労働者階級の魂を歌い、90年代のUKロックを定義した、イギリスが誇る最後のロックスター、それがオアシスです!
