2025年4月の1枚です (くるり)
くるり
『感覚は道標』(2023)
新年度が始まり、早くも1週間が過ぎました。広島市内では桜が満開となり、クリニック前の公園も多くの人で賑わっております。四季の移ろいを感じながら邦楽を聴きたくなる季節が到来しました。本日は、私が大好きな「くるり」の最新作(とはいえ2023年の作品ではありますが笑)を取り上げたいと思います。少々気持ちが込もりすぎておりますが、どうかご容赦ください。
本作は、オリジナルドラマーであるもっくんを迎え、トリオ体制が復活した作品です。聴いていると、ふと「進化を遂げた『さよならストレンジャー』、『図鑑』、『Team Rock』といった初期三部作を踏襲しているのではないか」と気づかされます。
くるりはこれまでずっと、等身大の音を鳴らし続けてきました。飾り気がないのはもちろん、気取ったり流行に流されたりすることもありません。得意のオルタナティブロックを基調にしながら、さまざまなジャンルを融合させ、それでいて日本人の心の琴線に触れる歌詞やメロディを絶妙に織り交ぜることができる稀有なバンドです。
岸田君にかかれば、オーケストラや演歌や民謡さえも、違和感なく調理されてしまいます。音楽的知識人であることはさることながら、聴き手が求める音をきちんと形にすることが出来る逸材なのです。才能に驕ることなく、彼らは極めてストイックに音楽と向き合い続けています。本作では、くるりの初期衝動を呼び起こしながら、25年間で培った音楽的素養や経験を絶妙なバランスで融合させました。細部に散りばめられた音の欠片を拾い集めながら、何度も繰り返し聴きたくなるような魔法のようなアルバムです。ジャンルを越えた多角的な視点からアプローチされており、完成度が非常に高い一枚に仕上がっています。
このジャケ写で勝負に出るくるりはすごいです!
「朝顔」は、岸田さん曰く、3人の間で「禁じ手」とされていた「ばらの花」に似た何かを解禁した楽曲だそうです。ポリリズムのピアノフレーズをタイミングをずらして幾重にも重ねたり、テープ逆回転風のギターソロが登場したり、八分音符を強調したベース、全音符系のパッド(アコーディオン系の生楽器)が取り入れられたりと、「ばらの花」へのオマージュが色濃く感じられます。しかし、環境や録音技術、声や年齢が当時とは異なるため、全く新しい作品として仕上がっています。
「バカな脳」のイントロでは、パワーポップの巨匠、故エミット・ローズの「Somebody Made for Me」へのオマージュがさりげなく顔を覗かせます。「世界はこのまま終わらない」は、アフリカンビートにブルースの感覚を乗せた一風変わった曲で、サビのあたりで突然初期のくるりらしいメロディが現れ、不思議な懐かしさに包まれます。この感覚、久しぶり!やはりこの3人が生み出す楽曲は、他とは一味も二味も違う特別なものです。
CMでお馴染みの「朝顔」や「カリフォルニアココナッツ」も収録
白眉は「LV69」、圧巻です。
京都精華大で教壇に立っていた岸田君の書く歌詞は、独創的で舌を巻くものがありますが (本人はもちろん音大出身ではない)、終始変態くるり節全開の無国籍音楽が最高すぎます。アイリッシュホーンで始まったこの曲はスペイシーでカオスな音響の果てにSFC (スーパーファミコン)期のRPG音で幕を閉じます。過去の偉大なミュージシャン達を見習い、レトロなロックンロールにポストロックプロダクションを施して未来を召喚しています。魔法使いくるりは、凡百のバンドでは絶対に得られないエクスタシーを放ちます。そう、岸田君は大のドラクエ好き、レベルは69まで上がりました。これまで何度か登場してきたLVシリーズですが、彼の中で今の立ち位置はこの辺なのでしょう、進境の自負を感じます。果たしてこの先どこまでいくのか。副題に”神々の遊び”と付けるセンスにも脱帽です。
そして、アルバムのハイライトは「In Your Life」です。 初めて聴いた瞬間から、懐かしさと特別な感覚に包まれました。なるほど、これは20年の時を経てアップデートされた「ハイウェイ」です。その詞からもドライブを楽しむ情景がリアルに伝わります。「ラジオからはSteely Dan、ハーモニクスのパースペクティブ」ってくだりがたまりません!スマパン的オルタナ愛で満ち溢れた最高のドライブソングです。スマッシング・パンプキンズを思わせるオルタナ愛に溢れた、最高のドライブソングです。
昨年参加したライブハウスツアー (ステージはとてもオシャレ!)
それにしても、レコードで聴くこのアルバムは格別です。スピーカーから響き渡る音は驚くほどリアルで、まるで伊豆のスタジオにいるかのような気分に浸れます。個々の楽曲が輝きを放ち、楽しさに満ち溢れています。アラフィフとなった彼らが、無垢でひたむきに作り上げた作品に、こちらも自然と真剣に向き合わずにはいられません。これは、くるりファンが長年待ち望んできた音楽的嗜好そのものです。『図鑑』も『World Is Mine』も『アンテナ』も『ワルツを踊れ』も素晴らしい名盤ですが、本作はそれらと比肩する傑作です。『さよならストレンジャー』が放っていた瑞々しさは時と共に薄れ、歳を重ねたおじさんたちのジャケット写真にはほろ苦さがあります。しかし、これが現実です。お洒落なアートワークに逃げることなく、あえて現在の姿で勝負に出た3人には、座布団を1枚!