塞栓源不明の脳梗塞 (ESUS)について
脳梗塞の原因は、その機序により心原性脳梗塞と非心原性脳梗塞(アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞)に分類されますが、原因となる疾患が明らかでないことも少なくありません。
DWIで脳梗塞巣が確認できるが、MRAでは血管に明らかな閉塞所見がみられない
塞栓源不明の脳梗塞はESUS(Embolic stroke of undetermined source)とよばれ、2014年にその概念が提唱されました(Hart RG, et al: Lancet Neurol 2014;13:429-38))。原因不明の脳梗塞の頻度は、16-39%と報告されています。
ひとたび脳梗塞が疑われた際は、原因精査を進めますが、ESUSの診断には以下の項目が挙げられます。
・CTまたはMRIでラクナ梗塞出ない病巣を検出
・虚血病巣を灌流する血管に50%以上の狭窄がない
・高リスク塞栓源心疾患がない
・脳梗塞をきたす他の特異的疾患がない (血管炎、動脈乖離、片頭痛、薬物不正使用など)
原因が分からなければ、今後また繰り返すのではないかと不安に感じると思います。
このような状況では脳塞栓の原因として、心内血栓、心房細動、がん関連、動脈源性塞栓、奇異性塞栓などを考慮します。これらのうち、鑑別すべき循環器疾患は以下のとおりです。特に心房細動は頻度の高い原疾患です。
- 発作性心房細動
- 卵円孔開存症などのシャント性先天性疾患
- 肺動静脈瘻
- その他の心臓疾患 (陳旧性心筋梗塞、僧帽弁狭窄症など)
- その他の非心臓疾患 (大動脈粥状硬化、先天性凝固異常など)
- 発作性心房細動
ESUSの多くは、発作時心電図が記録されていない心房細動が原因と考えられます。ESUSに対する抗凝固療法は、国際共同臨床試験(RE-SPECT ESUS試験、NAVIGATE ESUS試験など)にてその効果が否定されました。抗凝固療法は心房細動のメイン治療ですが、ESUSだからと言って漠然と投与してもメリットが大きいとは言えないということです。つまり心房細動をきちんと記録することが重要で、治療に結び付き予後を改善させることが期待されます。
ホルター心電図では、1〜7日間の電図を計測することが可能で、自覚症状がなくとも心房細動発作をみつけられることもあります。あるいはもう少し頻度が低い場合、イベントレコーダーという貸し出し用心電計もあります(ただし症状がある場合に限る)。これには患者さんが動悸を感じた時にボタンを押すことで心電図が記録できます。また近年はアップルウォッチ等のスマートウォッチで見つかることも増えてきました。これらにより心房細動発作が発見されれば、抗凝固療法やカテーテルアブレーションによる治療、カテーテルによる左心耳閉鎖術などが可能になります。(詳細につきましてはスマートウィッチ外来をご参照ください)
長時間の心電図が計測できるePatch (左)、装着している間絶えず不整脈を検知できるApple Watch (右)
それでは1-2週に一度でなく、数カ月に一度程度生じる発作の場合はどうでしょうか。このようなタイプの心房細動をみつけるためには、植え込み型心電図モニター(Implantable Cardiac Monitor:ICM)を検討します。てのひらに乗る程度のごく小さい心電図モニターを、前胸部の皮下に植え込むものです。最長で2年間程度記録ができ、かつ自宅の電話回線から病院にデータを飛ばすことで、早期の発見につながる遠隔モニタリングを行うこともできます。
コンパクトなサイズで、植え込み後はストレスなく生活が可能
植え込みは、局所麻酔下に短時間で行うことが可能です。移植後は生活の制限はなく、MRIも問題無く施行できます。ICMにより多くのESUSの患者さんの心房細動を発見しております。
- 卵円孔開存症などのシャント性先天性疾患
若年者のESUSは、その1/3程度が卵円孔開存症(patent foramen ovalis: PFO)が原因であるという報告があります。深部静脈血栓症は、通常動脈塞栓症を起こしません。しかしこのPFOが存在すると、この穴を通って左心房から全身の動脈に血栓が流れていき塞栓症を生じることがあります。これを「奇異性塞栓症」といいます。
PFOは通常の経胸壁心エコーで診断することは難しく、確実に診断するためには、経食道心エコーが必要です。経食道心エコーでは経胸壁心エコーでは観察困難な左心耳の血栓をみつけることや、大動脈の粥状硬化や解離を観察することもできます。
有症候性のPFOは外科手術の適応とされてきましたが、最近ではカテーテルによる治療による治療も可能となってきています。
- 肺動静脈瘻
頻度は低いものの、見逃されがちな重要な疾患です。肺動脈と肺静脈の間に先天性の(まれには炎症・外傷・手術による)瘻孔がある疾患です。肺動脈の血圧は収縮期で20-30mmHg程度ですが、肺静脈は収縮期・拡張期とも5-10mmHg程度であるため、容易に肺動脈の血液は肺静脈に流れ込みます。このため低酸素血症が生じたり、前述のように深部静脈に血栓があると、この瘻孔を通って左心房から全身の動脈に流れて奇異性塞栓症を起こすことがあります。
欧米では遺伝性があり鼻出血を頻繁に起こす遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)に合併する場合が多いとされていますが、日本では遺伝性の無い孤発性の症例が多く、多発傾向のあるオスラー病と違い単発性の瘻孔例が多いことが知られています。私もこれまでに2例ほど経験しました。
胸部レントゲンでは、特に心陰影と重なった場合は発見しづらいですが、胸部単純CTで非常に明瞭に診断できます。この肺動静脈瘻はカテーテルによるコイル塞栓術で治療することができます。入院が必要になりますが、1-2時間程度の処置で、ターゲットとなる瘻孔まで細いカテーテルを進め、バルーンで血流を遮断したのちに金属コイルを挿入し瘻孔を閉鎖する手技です。
レントゲンで肺野に結節性の陰影あり、CTではより明確に描出される
これらのように、脳梗塞の背後には、循環器疾患が潜んでいることがあります。原因が分からない脳梗塞をきたした場合には循環器精査が望まれます。特に心房細動を中心とする不整脈は見逃せません。ご心配やご不安なことがありましたら、当院までご相談ください。