2024年12月の1枚です (U2)
気温がグッと下がり、一気に冬になりました。先週末は当番医でした。インフルエンザA型が流行り始めていますが、コロナウイルスやマイコプラズマ感染の方も多いです。手洗いとうがいを行い、睡眠と食事に気を配ることも大切です。今年も残すところあと少し、体調を崩すことなく1年を終えたいものです。
今月はU2の『Achtung Baby』を取り上げたいと思います。
U2 / Achtung Baby (1991)
U2はアイルランドを代表する世界的ロックバンドです。彼らは1980年のデビュー後、時代と共に変革を遂げ続け、ロックの歴史にその名を刻んできました。90年代、U2は『Achtung Baby』(1991年)、『Zooropa』(1993年)、『Pop』(1997年)を発表しました。彼らのキャリアの中で最も挑戦的かつ実験的な時期を象徴する三部作です。その中で『Achtung Baby』は、ロック史における転換点として重要な作品です。
『Achtung Baby』は、U2の過去の音楽的アイデンティティを解体し、新たな形で再構築する試みでした。彼らは、前作『The Joshua Tree』や『Rattle and Hum』で展開したアメリカンルーツサウンドからの脱却を目指し、ベルリンのハンザ・スタジオでレコーディングを開始しました。冷戦後の再統一ドイツという分断と再統合の象徴的な地で制作されたこのアルバムは、その背景を反映するように音楽的にも心理的にも緊張感を孕んでいます。
制作中の創造的な緊張感や多様性を反映したジャケットが素晴らしい!
音楽的および概念的な脱構築は、それまでの救済や信仰をテーマとする壮大な音楽像を解体し、より個人的でダークな世界に足を踏み入れる結果へと繋がりました。ベルリンでの制作は、冷戦後の分断と統一の象徴的背景を与え、アルバム全体に不安と希望の二重性を宿らせています。
U2の代名詞の一つが、エッジのギター奏法です。彼は「エフェクターの魔術師」の異名を持ち、リバーブ、ディレイ(エコー)、コーラスなどのエフェクトを用いて、空間的な奥行きと幻想的な雰囲気を作り出します。本作では、これまでの煌びやかさや情熱的な旋律から変化し、より鋭く、不安定で、時には鋭い金属音のような響きを持ちます。ボノの書く歌詞はこれまでの信仰や救済といったテーマから、個人的な葛藤、愛、喪失、裏切りといった内省的なトーンへと移行しました。
”The Fly”のざらついたギターリフや、”Mysterious Ways”の官能的なグルーヴは、無垢で純粋だったこれまでのサウンドからの離脱を象徴しています。90年代U2の代名詞となった名曲”One”では、愛と痛みが一体化した普遍的なテーマを歌い上げますが、それは単なる美しいバラードではなく、矛盾と複雑さを孕んだ感情の告白です。それにしてもボノの歌声は、いつ聴いても心に突き刺さります。音域はとても幅広く、ソウルやゴスペルの影響が感じられます。感情や曲のメッセージ性を深く届ける力は、群を抜いています。
二枚組となり音質と格段に向上したレコード盤
80年代のサウンドから一転、エレクトロニカやインダストリアルロックの要素を取り入れたプロダクションもまた、このアルバムを独特なものにしています。プロデューサーはこれまで通りブライアン・イーノとダニエル・ラノワの二人ですが、その影響力は健在で、楽曲の構造や音響空間の革新性に大きく寄与しています。
『Achtung Baby』は、冷戦後の混迷する世界を象徴的に表現しています。分断された個人、文化の断片化、不確実な未来といったテーマは、90年代の精神に深く根付いています。U2は、この時代の不安を正確に捉えつつ、それを芸術の域にまで昇華させました。心を揺さぶり、時代の精神を反映する鏡のような機能を果たしています。自己を再定義することの困難さと、それに伴う創造的可能性を体現したこのアルバムは、単なる音楽作品にとどまらず、ロックの文化的意義を再確認させる存在として輝き続けています。
他に類を見ない偉業を達成しても、どこか鈍臭くて不器用さを感じさせるU2には強く惹かれるものがあります。商業的側面が垣間見られるのも事実ですが、人間味溢れ、いつの時代もその変化と真剣に向き合ってきたU2を愛さずにはいられません。寒い冬に心を温めてくれる名盤です!