滅多にないが罹ると怖い 〜インフルエンザ脳症について〜
新年を迎えましたがインフルエンザの猛威は続いています。昨年の記事でインフルエンザ感染について述べましたが、本日はインフルエンザ脳症について説明したいと思います。
インフルエンザ脳症は、インフルエンザウイルス感染によって引き起こされる中枢神経系の急性障害です。特に小児に多く見られる重篤な合併症で、迅速な診断と治療が必要となります。症状の進行が非常に速く、適切に対処しないと高い致死率 (約30%)や重篤な後遺症(約25%)を伴う可能性があります。
インフルエンザ脳症をきたすことは非常に稀ですが、注意が必要です。小児では年間数百例が報告されていますが、時として成人に発症することがあります。ここ最近でも、基幹病院の集中治療室へ入院となった方がいらっしゃいたようです。リスク因子として、幼少児 (特に5歳以下、高熱やけいれんを伴う病歴)、基礎疾患や代謝異常、遺伝的要因が挙げられます。
発症機序
インフルエンザ脳症の詳細なメカニズムは解明されていませんが、以下の病態が関与すると考えられています。
- サイトカインストーム:
- インフルエンザウイルス感染により、免疫系が過剰反応を起こし、炎症性サイトカイン(IL-6やTNF-α)などが過剰に放出
- 血液脳関門(BBB)の透過性が亢進し、脳内で炎症が進行
- 脳浮腫と代謝障害:
- 脳内に炎症性物質が浸入し、脳浮腫を引き起こす
- ミトコンドリア機能障害やエネルギー代謝の異常が神経細胞を損傷
- 直接的なウイルス作用:
- 一部ではウイルス自体が中枢神経に侵入して影響を与える可能性も指摘されていますが、主な病態は免疫反応の異常とされている
症状
インフルエンザ脳症の症状は急速に進行するのが特徴で、以下が代表的です。
- 初期症状:
- 高熱(38℃以上)
- 頭痛、嘔吐
- 倦怠感、異常行動(錯乱、興奮)
- 進行した症状:
- 意識障害(昏迷、昏睡)
- 痙攣(全身性や部分性発作)
- 異常な眼球運動や筋緊張低下
- 急速に悪化し、脳浮腫や呼吸停止を伴うことも
以前にタミフル内服後に異常行動を来した事例が報道されました。現在の医学的知見では、タミフルそのものが直接的に異常行動を引き起こす証拠はないとされています。異常行動はむしろ、インフルエンザ感染自体やそれに伴う病態によるものと考えられるケースが多いと考えられます。
診断
以下の検査を行い、診断をつけていきます。
- 臨床診断:
- インフルエンザ感染の既往または確認(インフルエンザ迅速検査やPCR検査)。
- 急速に進行する中枢神経症状の確認。
- 画像診断:
- MRI: 脳浮腫や基底核、視床、脳幹の異常所見を確認。
- CT: 急性期の脳浮腫評価。
- 血液検査:
- サイトカイン(IL-6など)の上昇。
- 高アンモニア血症や低血糖など代謝異常。
- 脳脊髄液検査:
- 髄膜炎やウイルス性脳炎の鑑別目的で実施。
- 白血球増加や蛋白増加は軽度の場合が多い。
治療
インフルエンザ脳症は緊急対応が必要で、以下の治療が行われます。
- 初期対応:
- 気道管理: 意識障害がある場合は気道確保や人工呼吸管理を実施。
- 痙攣発作の治療: ジアゼパムなどの抗けいれん薬を使用。
- 集中治療:
- 脳浮腫の管理:
- マンニトールや高張食塩水で脳圧を下げる。
- 炎症の抑制:
- メチルプレドニゾロン (ステロイド)パルス療法。
- 免疫グロブリン大量療法 (IVIG)。
- 体温管理: 過剰な発熱を抑えるための解熱剤や物理的冷却。
- 脳浮腫の管理:
- ウイルス抑制:
- 抗インフルエンザ薬 (オセルタミビル、ザナミビルなど)を可能な限り早期に使用。
- 代謝管理:
- 血糖値、電解質、酸塩基平衡を適切に維持。
- 必要に応じて栄養管理を行う。
予後
- インフルエンザ脳症の重症度や治療のタイミングにより予後は異なります。
- 軽症例では回復が期待されますが、重症例では以下の後遺症を残す可能性があります:
- 知的障害
- 運動障害 (四肢麻痺、ジストニアなど)
- 発作性障害 (てんかんなど)
予防
- インフルエンザワクチン接種:
- 特に小児、高齢者、基礎疾患を有する人に推奨
- 感染予防策:
- 手洗い、咳エチケット、密集場所の回避
- 早期治療:
- インフルエンザが疑われる場合は早期に抗インフルエンザ薬を使用
インフルエンザ脳症は迅速な対応が生死を分ける緊急性の高い病態です。その病態の中核にはサイトカインストームや脳浮腫があり、集中治療を必要とします。予防にはワクチン接種が重要であり、インフルエンザ感染の早期発見と適切な治療がリスクを低減します。発熱、頭痛や関節痛など、インフルエンザが疑われる症状が出現した際は、速やかに医療機関を受診することが望まれます。何か御座いましたら、当院までご連絡ください。