その浮腫みは良くなるの? SGLT2阻害薬を用いた心不全治療
2025年は年始から課題に追われ、ブログの更新が停滞しがちでした。今年は変革の年になりそうです。木を見て森も見て、一つ一つ着実に進めていきたいと思います。少し長い文章になりますが、どうぞお付き合いください。
先日、広島総合病院内の講演会で登壇させて頂きました。内容は、近年注目されているSGLT2阻害薬の有用性についてです。SGLT2阻害薬は、もともと糖尿病の薬として発売されましたが、その後適応が拡大し、心不全・慢性腎臓病の治療薬として広く使用されるようになりました。心不全に対し有用性が高いことは、日々の診療を通じて実感しています。またこの5年間で蓄積してきたデータの解析結果からも明らかです。今回、糖尿病内科、腎臓病内科の先生方とのディスカッションを通してSGLT2阻害薬の重要性について改めて痛感しました。
クリニックでの診療とカテーテル治療の傍らで、在宅での訪問診療も行っております。80、90歳代のご高齢患者さんの多くが広義的な心不全を有しております。心不全とは「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」を指します。(日本循環器学会のガイドラインより) 心臓は1日に約10万回動いており、それが何十年もの間、毎日動き続けるのですから、徐々に疲弊してくることは想像に難くありません。
心不全の症候が顕在化すると、体液貯留を来します。体液貯留とは、本来排出されるべき体液が体内に過剰に溜まる状態を指します。これは、体内の液体バランスが崩れ、特に血液中の水分が体内に保持されることによって起こります。その結果、浮腫 (むくみ)や、腹水、胸水、足の腫れなど様々な形で現れます。
特に高齢患者さんでは、よく足のむくみが見られます。原因として、心臓、腎臓、肝疾患、低タンパク血症が挙げられますが、筋力低下も要因となります。下肢の血液は、重力に逆らって心臓へ押し戻さないといけませんが、筋力低下によりそれが難しくなり、下肢に血液がうっ滞してしまい浮腫をきたしてしまいます。
(左) 正常な状態 (右) 血管外に漏れ出た水分が間質に溜まった状態
下肢浮腫に対し利尿剤を用いますが、高齢患者さんではなかなか改善が得られません。トルバプタンは浮腫の軽減が期待できますが、入院での導入となるためハードルが高い薬剤です。その点、SGLT2阻害薬は導入が容易で、非常に効果的です。
SGLT2阻害薬は、尿細管で作用して尿中への糖とNaの排泄を促進します。同時に水が引きつけられますので、尿量が増加します。その効果は長期的で、細胞外水対総体水比 (ECW/TBW)を減少させます。つまり細胞外の水分量が減ることで、浮腫や胸水が減少します。もともと体液貯留がない場合、ECW/TBWはほとんど変化しません。更に面白いことに、SGLT2阻害薬は、細胞外液が少ない場合、逆に細胞外液を増加させるのです。尿量を増やし体の浮腫を改善し、体全体の水分量のバランスをとってくれる一方で、体に水分が不足した場合は尿量を減らし潤いをもたらす効果があるのです。このような体液恒常性作用が、心臓や腎臓を保護してくれる作用につながっているものと考えられます。
(左) SGLT2阻害薬はECW/TBWを減少させる (右) SGLT2阻害薬は体内の水分量に応じてECW/TBWを増加させる
このような薬剤はとても効果的ですが、弾性ストッキングもまた浮腫の軽減に重要です。弾性ストッキングを履くことで、筋肉の代わりに下肢を支え、血管外の水分を血管内に戻し、浮腫改善に寄与します。静脈血栓の予防効果もありますので、活動性の低下したご高齢者が使用するメリットは大きいです。
容易に浮腫改善が期待できる弾性ストッキング
高齢患者心不全さんの生活の質を改善させること、また心不全増悪による入院を減らすことは、我々循環器内科医の腕の見せどころです。これらの薬剤に対する有効性はコンセンサスが得られてきていますが、高齢者に関してはまだデータが十分と言えません。現在400人を超える心不全患者さんのデータを基に、心不全再入院に関してのSGLT2阻害薬の効果についてデータ解析中です。近く論文化して発表していきたいと思います。実臨床の場で、医師に安心して薬剤を使用してもらうことへ繋がるよう、これからも発信していきたいと思います。